三角定規の画像
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世界の昔の長さの単位とその歴史

長さの単位の歴史は長く、人間の身体を基にしたところから出発していて、実に多くの単位の名称があります。

人間の身体を基にしたとは、例えば親指の先から人差し指の先までを使った「寸」「尺」や、足のカカトから足の指先までを使った「フィート」などは現在もスポーツの世界で使われています。
後は、古代エジプトで使われていたといわれる肘から中指の先までを使った「キュービット」など、長さの単位にも歴史的な経緯があります。

しっかりとした単位の始まりは1860年前後までさかのぼります。
当時は産業革命の時代で科学技術の発展も凄まじく、その状況の中で定量的な科学技術の学問も確立されてきました。
しかし、当時はまだ単位が確立されていなかったため、個々の科学者がそれぞれの技術で測定し議論していました。
そのため、同じものを計測しても違う値が出てくることもあったのです。
例えば、道路の距離を測定するときなど、人の歩幅や両手を広げた長さなどを基準に測定いていましたが、当然、人によって歩幅も手の長さも違うため、常に測定値が異なっていました。


また当時、ヨーロッパ各地で1フィートの長さが現在のセンチメートルに換算するとそれぞれ違っていました。
この理由は、ヨーロッパの各地域に住む人々の体格の違いから発生したものと、王族や貴族の主張によるものがあると推測されます。
その違いとは、実に22cm~50cmもの差があったのというのです。

しかし、このような状態では極めて不都合であり、混乱を引き起こすことになります。
こういう状況から国際的に統一された単位の制定が強く求められるようになりました。

単位の制定は、単に約束を決めるのではなく同時に自然界の関係を正しく反映したものでなければいけません。
つまり単位は人為的、恣意的であってはいけないのです。
中立、公正に、独立して決められないと都市ごとの違いはなくなりません。

イギリスでは1891年に国立物理学研究所が設立され、中心的な役割を果たしました。
ドイツでは1887年に国立物理工学研究所が設立され、アメリカでは1903年に国立標準局が設立され、このような問題の研究機関となりました。

日本においても1903年に検定所が設立され、単位に関する研究や科学技術などの研究で指導的な役割を果たしてきました。

現在では国際単位系(SI)普及による、単位の国際的な信頼の下に科学技術は進展し続けています。


メートルの元祖

ima kara
250年ほど前のフランス革命までさかのぼり、フランス人がパリを通る子午線に沿って、ドーバー海峡に面するダンケルクと、スペインの地中海岸に面するバルセロナ間の約1100kmを6年余りかけて測量しました。
それによって地球の子午線の全長を産出し、その長さの4分の1の10-7倍を基準とする、後にアルシーブのメートルといわれる基準尺がつくられました。

その80年後度後の1875年に国際メートル条約が締結され、そのあとアルシーブ原器をもとにH型をした国際メートル原器ができました。

日本は1885年に国際メートル条約に加盟し、その際No.6、No.10、No.22という原器を受領して、日本のメートル原器としました。

しかし、測定技術が高度になるにしたがい、子午線の長さから測定した長さと国際メートル原器に誤差が生じていることが割りました。

現在は測定技術も測量技術も進み、かなり高精度な測定ができるようになってきています。

また、人工衛星などにより地球の形も正確にわかってきました。
それによると、地球は回転楕円体で赤道付近が両極より膨らんだ形状になっていることがわかったのです。
もはや子午線の長さも普遍的とはいえなくなっていました。



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