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日本人の海外移住ブームとは

第一次海外移住ブーム

現代の海外移住ブームのはじまりは1990年前後のバブル全盛期です。
オーストラリアやスペインのリゾート地には豪華な生活を現実のものとする人たちが押し寄せました。

そのころに、政府と通産省はスペインなどに日本人のためのリタイアメント村を作る「シルバーコロンビア計画」を推進しました。
ただ、この計画はバブルでお金持ちになった人のなかでも、一部の大金持ちのために作られたような計画で、バブル崩壊とともに消滅してしまいました。
噴出しましたが、次々と高級不動産を買い占めていくジャパンマネーの威力が強く、そういった声を打ち消していったのです。
そして、計画失敗の事後処理のために、現在、中高年のロングステイ事業を行っている財団法人ロングステイ財団が設立されることになったのです。


第二次海外移住ブーム

2001年から始まったのが第二次海外移住ブームといわれています。
バブル経済の主役となった銀行が引き起こした不良債権などが原因となって、出口の見えない不況に陥りました。
失われた10年などといわれていますが、実際、根深い問題は今もまだ続いていると思われます。

この時期に起こった海外移住ブームは、「物価が安い国で生き延びよう」というものでした。
「一ヶ月10万円以下で暮らす」というようなことが切実なテーマとなっていたのです。

このような状況になった原因がリストラの嵐で、50前半で早期退職できるのはまだ幸せなほうでした。
40代、30代でリストラされた人は不況なこともあってなかなか再就職ができず、かといって年金支給まで生活できる貯蓄もなく、ホームレスという言葉がなんの違和感もなく社会に溶け込むほどになってしまったのです。

ただ、50代前半でリストラされた人も、年金受給まで生活するだけの貯蓄がない人も多くいました。
そのため、「年金が受給できる年齢になるまで、物価の安い国でなんとか生き延びよう」という考えから、月○○円ぐらいで生活できる国はないか、ということで海外移住ブームとなったのです。


一方、若い世代では、誰でも簡単に一年間働きながら滞在できる「ワーキングホリデー制度」がブームとなり、多くの若者が海外へ旅立ったのです。
渡航希望者の相談は「社団法人日本ワーキングホリデー協会」が担っていたものの、財政的な問題から急増する留学業者との連携を図り、いつしか「業者のための協会」とまでいわれるよになってしまいました。
こうしたこともあって、2010年に同協会は解散することになってしまいました。
そして、公的機関によるワーキングホリデーは消滅することとなったのです。
ただ、ワーキングホリデー自体がなくなったわけではなく、当初3カ国であった実施国は10年間で11カ国に増え、多くの日本人の若者を受け入れています。

日本脱出を考える日本人

第二次海外移住ブームから5年ほどたった2007年には、移住ブームは沈静化し落ち着きを取り戻していきました。
しかし、東日本大震災のような自然災害、福島原発事故による放射能汚染の進行をはじめとしたさまざまな事態の変化、増税、行政・企業や日本という社会への疑問や反発などによっては、日本から脱出したいと考える人はいま以上に増えてくると考えられます。

また、インターネットの発達などで海外移住という言葉は知っていても、どうすればいいかわからない、というような事態が変わり、海外移住という選択肢を誰もが認識できるようになった現在も日本脱出を考える日本人を増やしていくと考えられます。



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